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ユーゴスラビアから独立し、
それぞれの国の個性が輝き出しているバルカン半島


【セルビア】
長く悲惨な民族紛争の末に、いくつもの国々に分裂しやっと落ち着きを見せる旧ユーゴスラビアの国々。その本家のユーゴスラビアの首都・べグラードを現在、首都としている国がセルビアなのです。美しいベオグラードの町を取り囲むように流れるドナウ川とサヴァ川の合流点に位置し、バルカン半島の中でも交通の要衝として栄えてきました。かつてはオスマントルコの勢力下にあったため、トルコ風の町並みだったベオグラードは、第2次セルビア蜂起の立役者であるミロシュ公が、後に都市計画によってヨーロッパ風の町並みに変貌させたのです。町中にはバロック風のセルビア正教大聖堂や、東方正教会の中では世界一の規模とされるセルビア正教の中心的教会のサヴァ教会が迫力ある姿を見せています。夜には美しくライトアップされるサヴァ教会は必見中の必見。 また、ヨーロッパの中でも古い歴史を持つセルビアらしく4つの世界文化遺産を持つ魅力溢れる国です。

【コソボ】
コソボはユーゴスラビアの解体に伴う民族紛争の中で、セルビアに属する自治州のひとつから、2008年2月に、コソボ共和国を名乗って独立を宣言しました。 2010年9月時点で独立を承認しているのは、国連加盟192国の内、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、日本など70ヶ国、セルビア、ロシア、中国に加え、国内に独立問題を抱えるスペイン、キプロスは承認していません。コソボの見所、プリズレンは旧市街が残る町並みは、コソボ隋一の観光地と言われています。

【アルバニア】
アルバニアの国土は最大で南北約340km、東西約150kmと非常に小さな国です。1970年代には鎖国政策をとる共産党の独裁政権が長く続いたため謎に満ち、バルカンの秘境と呼ばれていたこともあります。その後、市場経済を導入しましたが1997年に経済破綻。国中が大混乱に陥りましたが現在は順調な経済成長を見せ海外からの旅行者も増加しています。アルバニア南部のギリシャ国境近くにある独特の世界観を持った「ブトリント遺跡」と紀元前4世紀に始まり、その後の歴史の流れが奇跡的に現代に残るアルバニア中央部の「ベラトとギロカストラの歴史地区群」は世界遺産に登録されています。アルバニアは、古代ギリシャに始まり古代ローマから中世ヨーロッパ、そしてオスマントルコへと続く時代の流れを現代に残る遺物で知ることができる世界でも珍しい観光スポットなのです。日本との時差は8時間で、サマータイム実施中は7時間の時差になります。

【マケドニア】
旧ユーゴスラビアの最南端に位置する人口200万人あまりの素朴な雰囲気が心地よい、広さが九州の約3分の2ほどの小さな国です。一番の観光の目玉は何と言っても世界複合遺産に登録されたオフリドの町です。3世紀末にキリスト教が伝来して以来、文化宗教都市として発展したことから今でも古い教会が多く残っています。特に、オフリド湖畔に建つヨヴァン・カネオ教会が有名です。かつては365もの教会が市内にあり、マケドニアのエルサレムと呼ばれていた時代もあったそうです。また、400万年前に誕生したオフリド湖は、透明度の高い美しい湖として知られ古い町並みと見事に調和した景観が旅人の心を捉えて放しません。オフリド湖はヨーロッパで最も古い湖であると推測され、存続が10万年以上続く古代湖のひとつです。このような多面的な要素を持つことからオフリド地域の自然遺産及び文化遺産として世界でも数少ない複合遺産として登録されています。

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ティラナ
Tirana
共産主義時代とオスマン朝の名残が残るアルバニアの首都・ティラナ

ソ連と袂を分かち1940年代から90年代まで鎖国状態であったアルバニア。市場経済の波に取り残されたこの国の首都ティラナは巨大な企業の広告やネオンに輝くきらびやか看板などもなく、美しさもありながら、どことなく共産主義時代から時が止まったような印象を残す街です。もう一つ、ティラナを街並みはほかの旧共産主義圏の都市と違う印象を抱かせるのは、街の広場に位置する大きな時計塔とそれほど目立たない石造りモスク。世界で初めての無神論国家を宣言したアルバニアですが、オスマン朝時代からの名残で現在もイスラム教徒が大多数を占めており、これらの建物はシンボルとしてアルバニアの人々に親しまれています。


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ブトリント遺跡
Butrint
ギリシャ時代、ローマ時代、中世・・・
時代が幾重にも折り重なった遺跡

古代ギリシャ時代の遺跡、そしてローマ時代の遺跡、その後中世の時代の遺跡…これらが融合して出来上がったユニークな遺跡がアルバニア南部に位置するブトリント遺跡です。 紀元前6世紀から紀元前5世紀ころ、古代ギリシャの植民都市として栄えたブトリント。丘の上にはアクロポリスの神殿が建てられ、下には円形劇場や町が建てられました。その後、紀元前2世紀ころ、古代ローマの時代になると、公共浴場や競技場が増設され、円形劇場も拡大されます。後5世紀になると、ビザンツ帝国の支配下で、礼拝堂や聖堂が新たに建設されました。現在では世界遺産に指定され、多くの観光客に人気のスポットとなっているのです。


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ギロカストロ
Gjirokastra
バルカン半島、不思議の国アルバニアの世界遺産の町ギロカストラへ

未知なる国の代名詞だったアルバニアは、かつて鎖国政策をとり45年間も共産党の独裁政権が続いて いた歴史があります。バルカン半島の秘境と言われるアルバニアには知られざる 見どころがいっぱい。中でも南部に位置し、山麓に広がるギロカストラの町は必 見です。「石の町」との呼び名も高い美しい石造りの町並みは情緒満点なのです。 オスマン帝国時代に建てられ、旧市街には城塞や市場、アルバニア南部ならでは の家並みが斜面に立ち並んでいます。城は渓谷や町を見渡す丘の上に位置し、か つての要塞としての役割を果たしていたと言います。


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オフリッド湖
Lake Ohrid
マケドニア正教の聖地に位置する
神秘的な湖

1972年に世界遺産に登録されたオフリド湖は、9~11世紀にオフリド市街に建造されたビザンティン様式の宗教建築との調和が見事なヨーロッパ最古の湖としてその名が知られています。853mのプレスパ湖や標高2200mを超えるガリチツァ山からの雪解け水がカルスト台地の地中を通りオフリド湖に注ぐため、水は透明度が高く、22mの水深であっても水底が見えるほど。また近年、オフリド湖の持つ最も深い水深距離が更新され313mであることがわかりました。この数字はローマ帝国がキリスト教を公認したミラノ勅令が発布された313年と同じであることから、キリスト教の歴史深いオフリドにあって、単なる偶然ではないと見る動きも少なくありません。


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スコピエ
Skopje
多くの宗教が混在する
生れ変わった町スコピエ

ヴァルダル川を挟んで旧市街のイスラム地区と新市街のマケドニア正教区に二分されるマケドニアの首都スコピエ。幾度となく勢力争いの舞台となり支配と分裂を繰り返したその歴史からマケドニア人だけでなく、アルバニア人、トルコ人など数多くの人々が住み、各宗教が混在する多民族国都市となりました。1963年の大地震により壊滅的なダメージを受け、現在も残る歴史的な建造物は旧市街のオールドバザール、ヴァルダル川に架かるカメンモスト(石の橋)や旧鉄道駅のみですが、特に2003年のWTO加盟以降は観光産業にも力を入れ、いまやスコピエの中心部マケドニア広場では美しいモニュメントが建ち並び、民族問わず数多くの人々で賑わっています。


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プリシュティナ
Pristina
美しいセルビア正教会群が残る
セルビア王国の聖地

2008年に独立したばかりの新しい国、コソボの首都であるプリシュティナは、12世紀に初のセルビア人の統一王国が誕生した場所のため、セルビア人にとって聖地だと言えるでしょう。そのためコソボには美しいセルビア正教会群が数多く建造され、現在も美しいフレスコ画を見ることができます。現在、紛争の舞台となったプリシュティナの街は戦場の傷跡が見えないほど復興が進んでおり、牧歌的な雰囲気さえ感じるほど。しかし欧州旗に似たデザインのコソボの国旗や市内に点在するNATOの施設、遺跡を管理する軍人を見るにつけ、やはりどこか他の国とは違い複雑な歴史があるということを再認識させられます。


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プリズレン
Prizren
栄光と挫折の歴史を刻む古都

13世紀バルカン半島を制圧したセルビア王国の政治と経済の中枢を担った首都プリズレンはかつて「セルビアのコンスタンティノープル」と称えられました。栄華を誇った当時のセルビア皇帝、ステファン・ドゥシャンは自身の墓所としてこの場所に聖アルハンゲリ修道院を建造しましたが、オスマン帝国が14世紀このプリズレンを奪取してから、プリズレンの住民はセルビア人正教徒に変わりアルバニア人の移民が多数を占めるようになりました。華麗な装飾が施された聖アルハンゲリ修道院は、現在プリズレンのシンボルとなっているシィナンパシャモスクの石切場として使われ、今や一部の建物を残すのみとなっています。


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ベオグラード
Beograd
二つの川の合流点、バルカン半島の要衝、セルビアの首都ベオグラード

かつてはユーゴスラビアの首都として知られるベオグラード。今ではいくつもの国々に分断されたその中の、セルビアの首都なのです。町を取り囲むように流れるドナウ川とサヴァ川の合流点に位置し、バルカン半島の中でも交通の要衝として栄えてきました。かつてはオスマントルコの勢力下にあったため、トルコ風の町並みだったベオグラード。第2次セルビア蜂起の立役者ミロシュ公が、後に都市計画によってヨーロッパ風の町並みに変貌させたのです。町中にはバロック風のセルビア正教大聖堂や、東方正教会の中では世界一の規模があるとされるセルビア正教の中心的教会であるサヴァ教会が、迫力ある姿を見せています。夜には美しくライトアップされるサヴァ教会は必見です。


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ノヴィ・サド
Novisad
ドナウ川両岸に広がる
セルビアの第二の都市

ノヴィ・サドはベオグラードと同じく、ドナウ川の川辺に広がる街です。街の対岸にはペトロヴァラディン要塞がそびえています。ノヴィ・サド観光では、このペトロヴァラディン要塞に行くことが欠かせません。中世から近世におけるセルビアの歴史は、北のオーストリア ハプスブルグ帝国と南のトルコ オスマン帝国のせめぎ合いの中にありました。ドナウ川はまさにその最前線。その中でベオグラードにはカレメグダン要塞が、ノヴィ・サドにはペトロヴァラディン要塞が、ドナウ川を望む高台に築かれたのです。 川に沿っていかにも頑丈な壁が立ちはだかっていて、川をたどって侵入してきた敵と戦ったであろう、かつての勇士たちの甲冑姿を思い浮かべさせてくれますが、今はその中には街の歴史を展覧する博物館や高級ホテルがあって、観光ポイントになっています。